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twjunk あの人の心性を私なりに感覚で理解出来ると思ったことがあったのを思い出した。
私の感覚はもう受容体のあり方から既に歪んでいるので、普通私が感覚で把握したことが外界のそれらと一致してることなんて滅多にないのだが、たまにクリーンヒットで理解出来ることもあるlink twjunk 「自分を冷静に見つめフィードバックしてくれる存在」がほしいと思っているのは、あの人も私も同じなんだ。
ただ違ったのは、きっと私があの人より少しだけ素直に、他人にそれを請い求めにいけた、その貪欲さと恥の無さだけなんだろうlink twjunk あの人は愛と優しさの判定とフィードバックを。私は知恵と理性の。
求めるtakeに対してpayするgiveの価値や姿や質はおそらくどちらもそう変わらないんだろうけど、私はそれに頓着せず、あの人は自分からpayしgiveするものを惜しんでいるlink twjunk そう見えるのは何故かと考えると、私がgive&takeのどちらが先かに固執しないが、あの人はずっと失われ続けていたtakeが必要十分得られたと考えられるまでは自分からgiveするのは不公平だと考えているせいなのかもしれない link twjunk しかしこのことを考えるといつも思い出す。誰の言葉だったかは忘れたけど、多分twitterで見た。
「人は、自分が求めるものこそ、実は自分には見えない可能性がある、ということに気づいていない」という言葉link twjunk 「そこにあるのに見てないのお前だろ」なんだけど、ちょっと違う。その人には見えない(cannot)んだ。見ていない(donot)ではないんだ。
この言葉はメガネメガネのAAを彷彿とさせた。だけどメガネは額には存在しない。link twjunk 見えないから手に入れているとは思えず、それを求め続けていくのは、まさに不毛というしかない。
見えないものを見えるようにする技術は、リアルでそれなりに成果が上がっているけど、心の目に関してはまるでギャンブルのような状況だ。99%の成功率を持つ人もいれば、1%しかない人もいるlink twjunk そういう人が他人の力を信用せず借りる気もないなら、他人に出来ることは一つしかない。ただ見守るだけ。
それすらも本人が拒否するのなら、黙って離れるか、こっそり見つめるか。こちらは両立は出来るし、実際私は両方を選んだけど。link twjunk 他人の力を借りず、自分には見えないことに気づかない人がそれに自発的に気づくようにならなければ、そこそこのところで妥協するか、一生それを追い続けるか。
あの人はどの道をたどるんだろう。そこに後悔は存在しないだろうか。
あの人だったら後悔はないと、例え嘘でも言い張るだろうが。link twjunk あの人が後悔しようがしまいが、今の私にはどうでもいい。
知恵と知識を総動員すれば「しないワケがない」という推論が生まれてくるけど、そうでなければそれは貴重なサンプルになる。有り難くファイリングさせて頂く。
後悔したとして予想通りに落ち着いたな、と思うだけ。link twjunk 自分が本当に望むものを見るためのメガネは、その狭い心が戒めとして自分から隠しているだけかもしれないし、他人の中にあるのかもしれないが、そうだとすれば、狭い心に赦しを乞うてメガネを渡してもらうか、他人に助けを乞うしかないんだ link twjunk 他人に助けを乞うことの障害を感じていないどころか、やってくれるなら代わりに全部やって下さいと言いたくなるくらい本来は他力本願でよきにはからえな私としては、自分のプライドがなんぼのモンじゃと考えてしまうけど、それはアスペルガーとして散々自尊心がぶっ叩かれた悲しい成果故かもしれない。 link twjunk 言葉がなくなり感情だけが残って茫然としてはいるけど、やはりわからなかったことがわかったことは活きてきた、と思う。
あの人と過ごしたことは無為ではなかった。大きな徒労を伴いはしたものの。link